若葉の萌えるこの季節、東京暮らしの私は故郷の「原っぱ」の風景を毎年思い出す。幼少の頃、保育園の裏山や近所の原っぱ一面を勢いよく覆いつくしたタンポポ、土筆、シロツメクサ、おがり過ぎて伸びきったバッケ・・・を近所の友達と籠いっぱい摘み、お菓子の包装紙やリボンで繕い花束(?)を作って遊んだこと。この花束(雑草の束?)を周りの人達にプレゼントするところまでが、私達の遊びだった。雑草の束を渡された人達は、皆「ありがとう」と笑顔でそれを貰ってくれた。私達は(自己)満足気だった。
 今年の3月8日(国際女性の日)、私はカンボジアの教育調査のためにブノンペンにいた。この日、現地の方々が夕食会に我々調査団を招待してくれた。宴も酣という頃、現地の方々が我々女性メンバーに白く可憐なジャスミンの花のリースを「感謝を込めて」とプレゼントしてくださった。その晩、私は宿に戻ってからそのリースを枕元に置き、眠りについた。ジャスミンの芳しい香りが漂ってきて、何だか幸せなひとときだった。
 イタリア留学中の弟から聞いた話だが、この「女性の日」、イタリアの街はミモザの鮮やかな黄色でなお一層美しくなるそうだ。男性から女性へまたは女性同士がミモザを贈りあって、お互いの存在を尊重する気持ちを表現するらしい。そういえば、今年のバレンタインデー、私は半年遅れの新婚旅行でたまたまミラノにいたが、街の至る所でバラの花売り場を目にした。ミラネーゼはバレンタインデーにバラを贈る習慣があるらしい。夫婦、恋人、友達同士がお互いの存在に「ありがとう」と感謝して、一輪のバラを贈りあうそうだ。
 花を贈る時、贈られた時の豊かな気持ち、自然に発せられる「ありがとう」という愛語、何気ないものだけど、いつでも心の中に留めておきたい感覚です(と思いつつも、私の場合、なかなかそれが難しいのであります・・・)。(柴田)



トラックバック(3306)