先日、事務局便り(月1配信)を作成していたら
「∑('0'*)ハッ!私、先月1回しか記事を投稿していない!!」
ということに気づいたので、今月はできるだけ更新します→デキルダケカイ!!(;==)ノ☆);><)

では、今日のひとりごとを・・・
私は普段テレビなしの生活(NHK受信料は払っていますよ)をしているので、社会の今とつながる情報というのは、新聞、雑誌、そして、物事をどのように捉えるのかが非常に気になるジャーナリストや経済学者などの個人ブログなどから得ています。

近くの市役所や県庁では新聞が閲覧できるし、銀行の待ち時間を利用して雑誌の記事に目を通すこともできます。新聞や雑誌の定期購読ができない経済状態の私にとってはとても助かるサービス(?)なのです。また、図書館や本屋にもちょくちょく出没して情報の収集に努めているわけなのですが、最近気付いたことが(・_・;)_・;)・;);))

たまに友人宅や両親の家で視聴するニュース番組に息苦しさを感じてしまう。

どうしてだろうと考えてみると、テレビを処分して以来、新聞や雑誌の記事、インターネットの情報は出来事に対する自分の見解を確立する一つのデータとして捉えているので、手に入れた情報を総合して判断するのは自分でありその作業が自分のペースでゆっくりできます。それが、テレビから流れる情報に対しては、テレビなし生活に慣れてしまった分、流れ込んでくる情報を処理するのに時間がかかる。それで苦しいと感じてしまうのだと思うのです。

自分でコントロールできる生活の環境を変えることで様々な変化がおこります。外からの影響を捉えながらもいつも最終的には“I”の視点で社会を見れるようにいたいです。



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