写真家であり作家の藤原新也さんが、年の始めの朝日新聞
「2010年代 どんな時代に ■コミュニケーケーションと社会」
に書かれていた内容がとても考えさせられました。

つまり、今の若者世界も大人世界もおしなべて「いい人への
過剰適応」があるのではないか。 タレントの人気が「好感度」
によって査定されるように一般人、企業、マスメディア、政治まで
もがその好感度という尺度で査定されている。
その目に見えない風圧にさらされて、いい人を演じて波風のたたない
気持ちの良い人間関係を作ることに個々人が腐心する。
そこには相手の言葉や行為を正面から受け止めたとえ軋轢が
生じても自らの思い、考えを投げ出すという本当の意味のコミュニケーションが
希薄だ・・・以下略・・・というのです。

昨日、子育て真っ最中のお母さんが
「暖かい季節でも、宿舎の中の公園で遊んでいる子ども達はとても少ない。
たまに遊んでいる姿を見かけても宿舎の中の同じ年齢の仲良しの子同士の
ようだ。公園の中で子どもそれぞれが自分で持っているゲームに一人一人
夢中になっていて一緒には遊んでいないようにも見える。
5~6年前は学年問わず子ども達が沢山集まってけんかしたり、
ボールや鬼ごっこ、ときには一輪車や鉄棒を教え合ったりしている光景を
みていたのに」と話されていました。

そういえば、KYという言葉もはやったような・・。
人間全て違って当たり前。考えや感じ方、意見が全く同じなんてありえないのに
その違う考えを語り合えなくなっているのはとてももったいない気がします。
摩擦もけんかも沢山経験してあくがあっても自分らしく生きていきたいなぁ・・。




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